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日枝丸 MV Hiye Maru

シアトル港近くを航行中の日枝丸

建造

 

就航

1930年7月31日

造船所

横浜船渠株式会社(現・三菱重工業横浜製作所)

所有

日本郵船

船籍

東京

総トン数

11.622トン

全長

166.3m

全幅

20.12m

全高

 

喫水

 9.12m

速力

15ット 最大18.21ノット

機関

B&W 8気筒ディーゼル主機×2  11.000HP

 

2スクリュー

定員

 一等76名 二等69名 三等186名

乗組員

 126名

退役

1943年11月17日 戦没

 

 

 

 

   日枝丸 の航跡

 

  日本郵船が昭和初期、欧米などの貨客船就航競争に対抗する為6隻の新型貨客船を投入。

  サンフランシスコ航路に浅間丸・龍田丸・秩父丸を。シアトル・バンクーバ航路に氷川丸・日枝丸・平安丸を投入しました。

  日枝丸は、氷川丸型の2番艦です。 そして日枝丸の名前は日枝神社から名づけられたものです。

 

  シアトル航路は荒天が多く、それに耐えるため外装甲厚を通常10mmの所、15mmとし、船底も客船としては珍しく2重船底としました。

  就航後は、日本から生糸,日本茶,綿製品,玩具などを運び,北米からは屑鉄,銅,亜鉛,ニッケル,牛皮,航空機用特殊木材などを運びました。

  

  1941年11月に日本海軍に徴用され、特設潜水母艦に改装。 翌1942年2月第8潜水隊に配属。水艦乗組員の休養,弾薬や燃料,食料の補給などを行いました。

  エポック的なことは、日本からドイツ(ロリアン)へ向かう伊8号潜水艦のために、燃料や食料などの補給を行いました。

  伊8号潜水艦は日本からドイツへ貴重物資(ニッケル・タングステンやイオウなど)の輸送と、ドイツからは最新兵器やエンジンなどの設計図や見本を持ち帰ることが任務。

  伊8号潜水艦は見事に日本〜ドイツの往復を成功させました。

  ちなみに、潜水艦による日本とドイツ間の往復は4度行われましたが、成功したのはこの伊8号潜水艦だけでした。 

  

   194310月には特設輸送艦に編入。 同年11月17日に陸軍の将兵3.000人を乗せてラバウルへ輸送中、米潜水艦の雷撃を受け、ラックラ沖で沈没。

   しかし、頑丈な船体で有ったためか沈没まで5時間もかかりました。

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