カロニアは、キュナードが建造した客船で、外装がクリーン色に塗装され、地元を走る路面電車と似ていたので地元リバプールの人々は「緑の女神」と呼んで
親しまれていました。
キュナードでは当時高速な Queen Mary や Queen Elizabeth などが定期大西洋横断航路に就いていました。
これらより低速で効率のいい客船としてカロニアが建造され、クルーズ(観光)に使用、定期ライナーと区別するため外装の塗装色を薄緑色にしました。
1949年に就航するとサウサンプトンからカリブ海のクルーズを開始。 1951年には世界クルーズに出港。
1953年にはエリザベス二世女王の戴冠式式典のための宿泊者ホテルとして使用されました。
1956年11月には南洋航海時の暑さ対策のため冷房設備を入れるため改装を受けました。
1958年4月にカロニアは横浜港から出港しようとして強風に流され、米国船U.S. Naval との衝突を避けるため操船したところ横浜構内の白灯台と衝突。
このとき船首を破損、白灯台は海中に没してしまいました。 この後カロニアは横須賀港で仮修理を行いました。
白灯台の引き上げも検討されましたが、灯台としての役目が薄れていたので再建はならず、現在氷川丸横の桟橋に設置されています。
1959年ごろから旅客機との競争が激化して旅客数も激減、1967年には収益が赤字となり最後の航海が決定。キュナードは売却を決定。
1968年に Universal
Cruise Line に売却。船名は「Caribia」に変更されました。 このとき機関部は改修を受けましたが、1969年のカリブ海クルーズ時に機関が爆発、
死傷者が出ました。 その後20時間にわたって電力が失われ漂流。
この事故により、その後5年間船は係留されたままとなり、1974年廃棄が決定して香港へ曳航中嵐に遭遇、グアムで座礁沈没しました。
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